76年前の奇跡!京阪関目駅の国技館をご存知?

大阪から京都まで京阪電車が走ってるのを知ってますか?
僕は子供のころから20年ほどはこの電車沿線に
住んでたので、電車と言えば、京阪電車のことでした。

まあ国道一号線にチンチン電車も走ってたので
それも利用してたような思い出もあるが、
すぐ廃止になったからね。残念でした。

で、京阪電車ですがこれは昔は淀屋橋から京都三条まで
特急テレビカーで40分ほどで着きました。
京橋から七条までノンストップ。
学生時代は関目から三条まで毎日乗ってました。

そんなお世話になってる電車沿線に
まずは千林、そして関目と移り住み、
10年ほど子供時代をすごしたわけです。

関目駅は各停しかとまらず、たいした名所もなく、
両隣の野江や森小路がみえるほど駅間が近い
そんなとぼけた駅です。

そういえば、中学のときの友達がこの駅のホームの下に住んでて
確か、窓からホームの下がみえてたような、そして、めっちゃ
電車の音がうるさかったような覚えがあります。
よう家があったなと思うけど。まあ、いろんなところに
高架下の店舗はあるからね。

でも住んでるのは珍しい、か、いや、そういえばそこも
飲みややったかも。あんまり注目してなかったので意識低い。

それでその駅からすぐそばにアーケードのある商店街があり
入るとすぐ左に「まからずや」っていう洋服屋がある。
これが50年近く兄弟でやってるのではないかと思うが、
1回も買ったことはない。いや一回試みて
ほんまにまけてくれないのでやめた覚えがある。

いまだにどの世代がターゲットなのか
さっぱりわからん。しかし、続いてるからなんとか売れてるんやろか。
関目の七不思議、そしてその前にはこれまた、40年も続いてる本屋も
あるのだが名前は覚えた記憶もない。しかし、たまに何か買ってたね。
今は本はちょっとで、あとは文房具かな。

それからちょっと歩くと「喫茶店」がある。あと、母子でやってた
八百屋と、消えていく店もようけあったけど
これらは今でも残ってる。みんな頑張ってるね。

拓郎の「消えていくもの」を彷彿させます。
なんてことない、寄ったことのない店でも久々に来て
やってたら妙に嬉しいもんです。

また、アーケードじゃないメインストリート?みたいな通りを歩くと
「関目冷菓」という店があり、中でソフトクリームや、
イカ焼きが食べれます。
真冬の寒い時期にこれをセットで食べるのが好きでした。

こんな、しょぼめの店ばかりの関目ですがなんと76年前には
あれがあったんです。何かわかります?
国技館です。

25000人も入れる両国国技館よりも大きいものだったそうですが
昭和12年から16年までたったの7回準本場所を行っただけで、
戦争のせいでもう倉庫代わりになり、終戦後しばらくで解体され
今は全く跡形もなく、お知らせ看板のみが団地の
そばの城北川沿いにあるそうです。

びっくりですね。関目にこんな大きなイベント物があったとは。
今は多くのマンションが立ち並ぶ、住宅街です。
一方通行多いけど、通過する車は少なめでまあまあ住みやすいのでは
ないでしょうか。そんな関目の紹介でした。

長屋の玄関先のたこ焼き屋というのもようけあったけど
今は減ったなあ。タコは小さめやったけど、どこもうまくて安かった。

如意寺探訪 住宅街から10分で別世界

あまりにも人知れず国の重要文化財なのに。
これはどうしたことか。静寂がひろがり、
ひょっとして1年中、誰も来ないのでは、
と思ってしまうほど、周りには何もなく、

ついででちょっと寄ってみようなどという
人もいないでしょう。

これがその山門、本堂があった場所からは
200mくらい離れてるようで、
645年の創建時には相当寺域が広大で
あったことと思われます。

またこの山門内には鎌倉時代の作とされる
塑像の金剛力士(仁王)像2体(阿形・吽形)を安置してます。

これは山門の側面。

残念ながら、現在本堂はなく、本堂は老朽化により傾いたため
第二次世界大戦後まもなく解体され、礎石をとどめるのみです。
創建当初は本堂と常行三昧堂(現阿弥陀堂)の
二堂からなる法界寺型の伽藍配置をとっていたとされる。

現在は阿弥陀堂・三重塔・文殊堂が残り、
3棟とも国の重要文化財指定を受けているようです。

これが入り口近くの文殊堂

文殊堂の足元。地盤の高低差をものともせず、立ち上げてます。

これは文殊堂の軒越しに三重塔をみたところ。

三重棟の見上げ。二重垂木の詳細。

三重塔、正面から

文殊堂の軒先の連続する垂木の美しさ。
ピアノの鍵盤のようでもあるが
ピアノのほうが時代は新しいね。

阿弥陀堂への階段

阿弥陀堂正面。
常行三昧という天台宗の重要な修行のためのお堂で
阿弥陀如来を本尊としています。

文殊堂正面。
懸造様の高床を持つ構造物で、
建立年代は様式手法から見て
応永13年(1406)の罹災後とされてます。
1453年の説もあるそうです。

周辺は別世界のここ30年の新興住宅街。
別天地のようなこの静寂をぜひ
あじわってみてはいかがでしょうか。
ハイキングがてら西神南駅から徒歩20分ほどで
小さな山を越えれば唐突に正面にあらわれます。

まるでオブジェのような住宅は 金属とガラスのハーモニ-

いやー。今日はびっくりしました。
渡辺篤の建物探訪ででてきそうな
まるでオブジェ。の住宅。
今日の一番です。

実はその前に2番目の写真の住宅を見つけていて
ふらふらと横道それたらいいもん見つけたなと
ほくそ笑んでたのですが、実際好きなのはこっちのほうですが。

それをはるかに上回るインパクトのある住宅を
これまたあてもなく歩いてたら見つけました。
金属とガラスの無機質な物体。
人が住んでる雰囲気が伝わってこない、珍しい住宅でした。

これは、本当に人がいるのかどうなのか。
ここで育った子供はどんなふうになるんだろうと、
思いをはせてついつい長居してしましました。

中はどんなふうやろねえ。篤、紹介してくれ~。
それがこれです。


車は青いビーエムが似合うのでは?果たして正解は?
また今度行ってみて、確認します。
やっぱり車はこういうのが似合うのでは、
たまたま街でみかけた想像通りの車

ほんとは今日の一番になるはずだった家がこれ。

やはりシンプルな切妻屋根の家。これが一番好きやな。
切妻屋根で軒深め。
色合いは白からアイボリーから木肌の色程度。
一番目の家は機能的に充分な理由があってああなってると思うので

聞いてみたいもんですね。方位がなんやらわかりづらく、
多分道路側が北で見えない反対側が南で
大きな開口部があるのではないかと思います。

2番目のも道路が北でしょうね。
王道の切妻、カッコいいと思うのだが、いかがでしょうか。

次はこんな家、
ちょっと片流れっぽいね。
箱をすぱっと切り欠いていったような形。

カッコいいと思われがちですがやはり切妻のほうがええかな。
落ち着くからね。片流れは先鋭的であまりに箱箱しすぎやから。

それでは最後はこれ。
家ではなく、寺の門かな。
いいフォルムだと思います。

街中の3つの気になる住宅2


今日の一番はこの住宅。
左官仕上げの塀とカーポートがつながり、
奥まって板張りの外壁の家がある。

これは情緒あるいい家やな~と。
カーポートと株立ちの植栽がバランスよくて土?かな.この塀は
これとあいまって、外構でもう十分くらいうまいことできてるなー。

どんな車が収まるんやろね。
ボルボなら、それも昔のからし色の。ならいいいのにな。
外壁の板張りはかなり黒ずんでるけど、雨があまりかからんように
軒を出してるけど、なんでしょうかね。空気が澱むんでしょうか?
それとも何か、腐朽菌が運悪くついたんですかね。

浴室で板張りを何度もしましたが、レッドシダー、ヒバ、さわら、
と水に強い材料でたいがいカビには強く、
注意して使えば、そう黒ずむこともなく何年も持つのだが、
それでもたまにすごく黒ずむお宅もありまして、
原因はよくわからんままということがありました。

外部なのでよく乾燥し、日光消毒もできると思うのですが


しかし、トータルの美しさでカバーしてると思うし、
気にならないかもしれんし、
全て同じ色になればそれもよしやし。

次の住宅はガルバリウムの外壁かな。おそらく。

色も形もいいね~。物干しバルコニーが窮屈そうやけど。

これは広い国道沿いに結構な空きスペースにぽつんと建ってました。
コンクリートブロック積の家のようです。珍しいですね。

これは家ではなく蔵ですが、どうにも蔵というのは
そのプロポーションと窓のない抑制された佇まいに惹かれますね。

21個の気になる住宅

街中に巷あふれる外壁サイディングに屋根、人工スレート屋根の家。
これらが95%くらいは世の中占めてると思いますが、
100件に2件くらいはいいなと思える家がありまして。

それらの特徴は、外壁の素材が左官仕上げでほぼ単色。
か、板張り等、自然素材。
タイル張りの家でいいなと思ったことはほぼないので
できたら外装タイルの家でいいなと思うものにであいたいです。

それと、屋根は瓦か、ガルバリウム。
窓、玄関ドアは木製。
これらの素材を使えば、たいがいいいと思えるものが
できると。いえるでしょう。

なぜかというと、それらの質感が光を拡散して吸収することと、
朽ちてゆくさまが、よごれるのではなく、生き物のような変化を
するから、愛着を感じるためだと思うのです。

桂離宮の屋根、壁、窓が現代の素材に置き換わって
しまったと想像すると、どうでしょうか。
それでも美しい、とブルーノタウトは思ったのでしょうか?

間違いなく、思わないでしょう。
すべての素材があいまってすばらしいものに
なってると思うのですが、昔はそれしか素材がなかったからね。

基本は木と土やから。

大工と左官さえいればなんとか建物は作れた。
今では30種類ほどの業種に細分化して作るから、
現場監督はたいへんです。

昔は棟梁がすべて仕切ってたようなので
監督も設計も営業もいません。棟梁はすごい。

しかし、現代の素材を使って美しいいいものを作るのも
現代の建築業営む者の使命だと思うので
ふんばっていいもの作りたいですね。

昔無かったものと言えば、ガラスや鉄、アルミ、
コンクリート、樹脂、といったところですか。

災害で延焼の恐れのある範囲の素材が不燃化を義務付けられ
木は都市部では外部に使うのはほぼ無理となりました。
鉄は燃えなくても熱に弱くて構造物としては頼りなく

同じ重さなら,木のほうが強いのです。
がしかし、現実ありえんけどね、杉の比重と鉄を比べると
約20倍。いくら同じ重さなら強いといっても、

実際そんなごつい柱建てたら10センチ角の鉄の柱に対して
45センチ角くらいの柱がいるで。
これはもう、住宅とは言えないレベル。
神社、仏閣の大きさです。

これだけ太いと確かに火災にも強く、
長持ちしてきたのはわかりますね。
それではそんな現代の素材も使った、気になる街中の住宅を少しみてください。


最後から2つ目の家は漆喰の外壁と思います。
築年数は2年以内のような印象です。
しかし、全く綺麗な外壁です。それほど軒が深いわけでもないので
普通に雨がふれば汚れると思うのですが不思議なことに
雨だれひとつありません。

なんと美しく白いことか?強アルカリ性で抗菌性があり、
また静電気を帯びず、汚れを寄せ付けない
等の特徴があり、汚れにくいそうですが、しかし、真っ白ですね。

そして最後の家は木の細工やさんだったと思いますが
上の増築?部分が不思議であぶなっかしいので気になりました。
こうしてみると現代的なのは半分くらいでしょうか?
特徴は単色が多いのと形が単純なものが多い傾向です。

やはりシンプル イズ ベスト

水飲み禁止

今から40年前、僕が中学生のころは
野球部は練習中、水飲み禁止でした。
プライベートでもプール禁止。

今思うと狂気の沙汰やね。これは。
考えられへんわ。真夏の炎天下。
5時間も6時間もぶっ続けで練習して、一滴も飲まず。

そういえば飯も食ってないやないの。
ほんまかな。忘れてるけど、一日中やってたような気がするんやけど。
弁当持ってきても腐るし、どうしても思い出せないのだが、
水だけは飲んでないのは覚えてる。

今はまめに水分補給を指導者が心がけるよね。
なんかあったら大問題や。命にかかわるから。
熱中症という言葉はその当時なく、日射病と言われてました。
これになる奴はほぼいませんでした。

今思うと春に40人ほど入った部員は夏ころまでに
半分の20人ほどになってて、
つまり、耐えれそうなものだけが残ってて
身の危険を察知したものは既にいなかったんやろなと思います。

水は大事やな。命の泉というけれど、
ほんまにこれは人間にはかかせません。

なんでこんな話をしてるかというと
耐震相談のコーナーが役所のホールにできてて、
そこで震災の時の倒壊した建物の写真や、
あのとき何が欲しかったかというアンケート調査結果のパネルがあり、
水、懐中電灯、袋、ラップ、防災トイレ、新聞紙、カセットコンロなどがあげられてる。

飲めないのと飲めるけど飲んだらあかんのとはだいぶ違うね。
どうしようもないからね。無いから。
その当時は学校の外に出たファウルボールなどを取りに行き、
何とか工場の水道水を隠れて飲んだりしてたな。

そうでないとやっぱり、身が持たんわ。
ほんまに飲めなかった奴は口のまわりが異様な感じになってたな。
13歳ゆうたら子供みたいなもんやのに
ようそんな過酷なことしてたな。と思います。

上のレベルでも当時はそうやったんかな。
高校いってからサッカー部に入ったけど
やはり練習中は水飲んだらあかん。やったな。
これも隠れて飲むのでした。

おそらく水飲みよし。となったのは昭和が終わり、平成になったころから
ぼちぼちではないだろうか。PL学園の桑田、清原の時代も水禁止やったようやし。

それから21世紀が始まるころにはすっかり世の中の風潮は
根性ではなく、体調管理へ移行したのでは。となんとなく、
年代をおって質問したりしてるとそんな感じです。

飲料水が店で売る時代になったのは、
覚えてる限りでは、1987年ころかな。と今から30年前か。
定かではないが富士の水とか飲み比べてた頃があったので
そんな気がします。

役所の耐震相談のコーナーの話をしたかったのですが
ずいぶんずれてしまいました。
ちょっと無理やり話を方向転換すると

熊本の地震の様子が出ていたので、
これをみるとかなりひどい強い地震であったことがわかります。
また、大阪は日本一木造家屋密集地帯が多いそうで、
こんなパネルもありました。


守口市、豊中市南部、生野区、城東区南部、東成区などかなり密集してて大地震のときは
延焼の恐れが多くて危ない地域だそうです。
そういう地区が日本一多い。

普段から防災にたいする心構えは大事ですね。

忘れたころにやってきますので。天災は。

うだつ

うだつを知ってますか?
まず都会の街中、住宅街ではみたことないでしょう。
あの「うだつがあがらない」=見栄えがしない、
状態がいまいち良くない、

というような意味に使われるあのうだつです。
明石の海に近い街でみつけました。

さすがにうだつが上がる家だけあって
細部のディティールがきっちりしてるわ。
各所見栄えが良い。

例えば、竪樋。
これは現代の住宅は95%くらいは鉄芯入り塩ビ雨樋で
一番ローコスト。ハイコストの銅やステンレスは使いません。
一般庶民住宅では。

多分5000万円超える住宅あたりから
使い始めるかもしれません。
ましてこの住宅のように樋の通り道を左官で作るなどというような
おさめ方をするとは道楽の域ではないかと思います。

その他気になるところは意外にどういう意図かよくわからん
ガスメーターの設置高さ。これは目立たせたくないものなのでは。
と思うのだが、なぜにこの位置?

瓦屋根の下に銅の庇。

なぐった木縦格子。

銅板製の雨戸?

竹の面格子。

瓦はおそらく淡路瓦。
丁寧に作ってあるので中も興味あるけど
人のうちなので見れません。いい外観の家と思いました。

そこからふらふらと海のほうへ行くと
漁港があり、船の手入れをしてる漁師のおっちゃんに
出会い、話を聞くと、タコを底引き網でとってたらしく
もう旬も終わるのでこれからはタイをとる網に換えるのだそうです。

その網を引っ張る高足蟹の足のようなアームの手入れ中でした。
手入れしながらもようけ話してくれました。
タコは昔は壷なんかでとってたけど今は
網で大量にとるらしい。

タコはこの時期から砂に潜って産卵にそなえるそうで
今の時期からとれるタコは高くてあまりうまくないそうです。
僕は大のタコ、イカ好きなので
ええこと聞いたなあと嬉しく思いました。

タコは案外高いので魚より貴重なんかな。
タイはこれから旬をむかえるそうで
ごっそり撮れるから高級魚というよほど
高くなく店頭に出回るらしい。

釣り人が岸壁でも釣れるらしくて、
現代の技術に魚がついてこれないので
漁師はやりやすいそうです。

おっちゃん、いろいろ仕事しながら話してくれてありがとう。

路地

路地は昔からある街中には多くあるようで、
新興住宅地や戦後徐々にできてきた街には少ないようです。

そんななか
また街を歩けば(実際は自転車)色々見つかるもので
こないだ距離220mくらい、幅1.2mくらいの
道を見つけました。

自転車すれ違うにはちょっと無理。
この路地からアクセスする住宅もあるようで
後で地図で調べたらレストランもあったようで
通ってて気が付きませんでした。

ほんまにあったんかな。
店のHPもあるようやし、
もういっぺん行ってみて確認してきます。

またこんな路地もあって

草ぼうぼうで人の家の敷地の一角のような
でも自由に通れたし、
なんとも不思議な空間です。
ちっちゃなマンホールにちっちゃな犬?のうんち
がてんてんと綺麗に並んでました。

ほぼ人は通らんと思うけど野良犬かな?
まあふらふらと進むと
色々な興味深い街の知らない姿が現れ
面白いもんやなといまさらながらに気づかされます。

こんなにおもろいんやったら
東京でもやっとりゃよかったなと思う今日この頃。
なんでこんな街中の異空間を歩いてみよかと思ったかというと

銀座ティファニービルの横にスキマがあって
店の中はきらびやかなのに
すぐ隣のビルとの狭間は昼間でも薄暗く
奥の様子がよくわかりません。

その対比が面白いと思い
ドローンでも飛ばして撮影してみよかな
と思いましたが実行はしてません。
なんかすごいものが映ってたりしたら
びっくりやね。どうしよ。
と、想像してみて楽しんでます。

また、うねうねと町を歩けば、
行き止まりの標識の向こうにただならぬ雰囲気を見つけ
近寄ってみるとこんな風で
公園かな~?くらいでよくわからん。

迂回して探してみると古墳でした。
結構街中の住宅街に忽然とこんなものが現れるとは!
びっくりしました。
近所の人は普通に日常的に通り道に使ってるようでした。

あまり人影もなくひっそりと大木だけがお墓を見守ってました。
調べるとこのあたりは古墳群だったらしく
4世紀ころ作られた、大石塚、小石塚古墳というものらしく
44基ほどあったが、今は宅地開発に伴って破壊され5基だけ残ってるそうです。

大石塚は前方後円墳 東西長さ45.4m南北長さ87.2m高さ5m
小石塚は前方後円墳 東西長さ29.0m南北長さ49.0m高さ3.6m
そんな昔からあるとは。こんな大きなものが。

そういえば前方の方は方形(四角)という意味というのを
大人になってから知ったような気がします。
子供のころは前のほうに後ろの円がある?んっ?という感じで
へんに思ってましたが大人になってわかりました。

最大の仁徳天皇陵は東西長さ654m南北長さ840m高さ35.8m 
墳丘基底部面積約10万平方メートル
なのでざっくり大石塚の10倍くらい長い。面積はよく比較できません。
堺市は31年夏世界遺産登録をめざしているようです。

今は宮内庁管理で中に入れないようですが
登録されたら見れるんでしょうか?
楽しみです。

日本全国には20万基ほどあるそうです。
古墳大きさランキングでは
40位までほぼ大阪と奈良と岡山で占められてました。

日本国土面積は3779万ha
平野は少なく日本国土の面積の66%,
2510万haは森林なので平野は1269万ha
ちなみに1ヘクタールは1万平方メートル(100m×100m)

狭い平野をみんなで使うので
あまり一人のために広すぎる使い方もどうかと思いますが
昔は人口も少なかったので古代歴史を研究する上で
大事な資料となっていてそれはそれでよいかと思います。

破壊されて今はマンションが立ち並んでいるところもあるようなので
自分の住んでるところの以前の姿をたどってみるのも
おもしろいかもしれません。

道路標識

こないだ倒れてた標識が治ってました。
誰やっ!直したんは?
まあ警察か、市役所の人か(^∇^)ノ
わりとまめに管理してるんやね。
ちょっと感心しました。

しかし、道路に書いてる白い文字
あれは、なんとかせえ。よ。
紛らわしいこと書くんやったら
素直に「止まれ」と書け。

そんなとこで見張ってる暇あったら書き直せ。
と思う表記がありました。
それがこれ。

841.jpg

赤信号の点滅が停止して注意してから進め。という意味らしく
そんな文字に気を取られ,あれよという間に
何気に注意して通り過ぎてしまったやん。
信号だけ見てたら反応が違ってたと思うんやけど
危ないなー。

ちょっとようすを見てたら、半分くらいの運転手が素通りしてるで。
これはあっさりと止まれと
よくある停止線のように書いてくれ。

それでなかったら書くな。ややこしいから。
信号もやめて、道路の文字だけにしてちょうだい。
車に乗ることは休みの日くらいで普段は電車通勤してます。

働き始めてもう33年目
そのうち29年くらいは自転車通勤してました。
コースは色々で

富士市のふもとで4km
東京北区王子から飯田橋まで約7km
川崎市新丸子から赤坂14km、又は神保町18km、又は田園調布2km
新宿区上落合から銀座4丁目 10km
豊洲から銀座5km、又は日本橋6km

と多くのコースを漕いできました
自転車も軽車両なので道路交通法を守らねばなりません。
数々の道路を運転してきましたが
自転車で交通法違反はなかったね。

飲酒運転もあかんみたいやからね。
5年以下の懲役、または100万円以下の罰金やて。結構重いね。
県によっては酒気帯び運転で
自動車運転免許を持っている人の場合
免停をいただくこともあるそうです。

気をつけましょう。

道路の標識の意味も交通法のルールもきっちり把握しとかんと
事故につながったらほんまにえらいこっちゃがな。
要注意です。

道路の文字も標識もデザインがさえないね。
どんなふうに決まっていったんだろうか?
どうやら国土交通省 道路局企画課の内部の課で作って決めてるらしい。

意外や、外部発注はないそうです。
いっぺん自分で作って売り込んでみよかな。
おもろいかも。

茅葺屋根

この存在感。見つけました。
都市部に残された茅葺屋根、土壁
どうやら家ではなく長屋門のようなかんじでもあるが。

しかしこの大阪府下の40万人都市のほんまに市街地で珍しい。
僕の住んでる街には隣町にはちらほらあるけどね。

こんな街中で見たのは初めてやなー。びっくりしました。
やっぱり本物の質感はすばらしい。それとフォルムが美しい。黄金比に近い。

現代の薄っぺらの巷にあふれる住宅も見習いたいな。
もしかしたら昔の住宅も美しいもの。
本物の質感を持つ愛着の湧くモノだけが残ってきたから
昔のものは大概良いと感じるのかな。

しかし、古い写真見たらやっぱり街並み美しいもんな。
大概統一されたというかその地元に
その土や植物しか無かったのでそれを使って
高さや大きさをそろえて建てていたので街並みの統一感と落ち着きがでてたんやろな。

と、ふらふらペダル漕いでたら気になる玄関扉があったので写真撮ってたら
住宅も気に留めたので見上げて、周り見渡したら
20件くらいの現代の3階建ても含めた結構統一感と美しさのある
街並みがそこにありました。

あきらかに総合的に考えて作ったんやろな。
その隣の道路にはまた巷あふれる
偽物サイディングの住宅が建ち並んでいて
やはり印象がずいぶん違うな。と思いました。

3階建てのフォルムは難しいなと思います。
人間の感性に合わない。なんせ、水平に1.5mほどの
高さに目がついてるのでみづらいし、

でもこの街並みは結構良さげやね。
でも板の黒ずみ方はかなりきてますね。
こういうのが嫌な人が多くて偽物プリントの
サイディングという外壁材が多く使われ

いやそれに限らずいろんな素材が内部外部とも
板や土を新規に使う人はほぼいなくなりました。

レンガ調タイルでさえレンガの代用品なのに
それをまたプリントしたりして嘘にウソを重ね、
るのはできたらやめて永く愛される本物を使いたいです。

母なる大地、母なる海などといいますが
(父はこういう使われ方はしません。)

やはり海や山が生み出す本物の自然の素材が
母のように人間を大事にしてくれるのではないでしょうか。